岳の話

 お父さんとお母さんは、この日がくるのをずっと待ち望んでました。お母さんは2年以上、不妊という病気と闘って、何度も何度も失敗し、精神的にも辛い状況だったけど、3つ目の病院でようやく岳の小さな命を授かることができました。岳の小さな命も頑張ってくれました。普通なら今回の不妊治療も失敗という状況だったけど、岳の小さな命は一生懸命、生きようとしてくれました。そして、お母さんに妊娠という人生で初めての経験をさせてくれました。お父さんとお母さんは不妊治療の間、いろいろな神社を巡って岳に出会えるよう神様に何度もお願いしました。最後にお願いしたのは、お父さんだけだったけど、富士山という日本一高い山の頂上にある浅間大社でした。ここで買った「夢かなう守」が、岳に出会わせてくれたとお父さんは思っています。富士山から帰ってすぐに、お母さんが岳の小さな命を授かったことがわかりました。お母さんが辛い悪阻を乗り切った頃、岳の名前をどうするか話し合いました。男の子だったらお父さんが名前を決めて、女の子だったらお母さんが名前を決めることになりました。お父さんは富士山のように立派な男の子になって、健康に育って、お父さんの趣味でもある山登りに一緒に登りたいという気持ちから「岳」という名前を選びました。お父さんの名前と同じ響きにしたく「たける」という読みにしました。旧漢字「嶽」の字画は非常に良い画数ということもあり、お母さんも納得して「岳」に決まりました。岳はお腹の中でスクスクと育ってくれました。そして、4月26日の出産の予定日になりましたが、岳はお腹の中から出てきませんでした。お腹の中の居心地が良いのか、5月2日になっても産まれてこなかったので、ゴールデンウィーク明けに入院する予定でしたが、5月3日の深夜、岳はお母さんに破水という産まれたいという気持ちの信号を送りました。お父さんとお母さんは、タクシーを呼んで病院へ向かいました。そして、お母さんは入院をしました。翌日は何もなかったのですが、破水している状態なので、翌々日の5月5日には促進剤というお産を進める薬を使って、岳に早く出てもらうことにしました。岳はそのときびっくりしていたと思います。促進剤による陣痛は、とても辛いようでお母さんの体力は弱っていました。それでも岳はなかなか出てこないので、促進剤の量がどんどん増えていきました。そして、午後三時過ぎに陣痛室から分娩室という岳の生まれる場所に移動しました。移動してからもなかなか岳は出てきませんでした。立会い出産といって、お父さんも一緒に分娩室で岳の誕生を待ちました。初めは助産士さんが一人で対応していましたが、最後には助産士3人、医師3人くらいになり、吸引分娩という普通とは違う方法を5回も行う状態でお父さんは不安に襲われました。そして、岳が生まれるちょっと前に貧血をしそうになってしまいました。でも、岳が生まれた瞬間、貧血は治り、岳の生まれてきた時の顔を見ることができました。正直な話をすると、お父さんは、岳に対してずっと不安な気持ちがありました。普通では不妊治療失敗という状態だったので、岳が健康に産まれてこなかった時のことを考えると、不安な気持ちが取り除けなかったのです。妊娠中の定期健診でも「へその緒が見えない」とか「頭が大きい」という話を聞いて、不安が広がっていました。それに加えて陣痛薬や吸引分娩ということになり、心配が増えました。でも、岳が生まれた瞬間、五体満足な姿を見ることができて、「おぎゃー」という泣き声を聞き、少し不安が取り除かれました。産まれてすぐの岳は顔色があまりよくない様に感じて、ちょっとボーっとしている様な感じがあったので不安な気持ちが、また出てきてしまいました。それでも2日目の岳の顔色を見て安心しました。頭の形もよくなってきており、顔色も良く、成長していると感じました。聴力検査も問題ないと診断されました。お父さんは岳の命の頑張りを信じられなかったことを反省しています。健康な体で産まれてきてくれてありがとう。岳が生まれた一週間後には母の日がありました。お父さんには幼少の頃から母がいないので、母の日のカーネーションには縁がなかったのですが、岳のおかげで家族をもって、母の日を迎えることができました。お母さんの母もお父さんと結婚したときには既に天国に行っていたので、初めての母の日を迎えることができました。岳が少し大きくなったら、岳に会うために一生懸命頑張ったお母さんに一緒にカーネーションを贈りましょう。岳が少し大きくなったら、お母さんと一緒に山に登りましょう。富士山に登るのはまだ無理だけど、富士山が見える山へ登りましょう。お父さんもお母さんも岳のおかげで、いろいろな新しい経験ができて、嬉しいです。成長していく岳の姿を見るのが楽しみです。これからも、お父さんは岳のために一生懸命頑張ります。だから、健康にすくすくと育ってください。お父さんやお母さんより先に天国へ行くような親不孝は絶対にしないでください。お父さんは岳が新しい家族を作って、お父さんがお爺ちゃんになるまで、岳を見守っていたいと願っています。お父さんとお母さんの子供として産まれてきてくれて、本当にありがとう。('12/6/1)。


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