恥ずかしい話

 前日、俺は風邪をこじらせた。体がだるい、頭が痛い、寒気がする。それでも、平然を装い仕事を続け、残業で23:00に会社を出た。寮についたら風呂に入らず、風邪薬を飲んでやすんだ。翌日、すっかり風邪は回復していた。体調がよく、寮のお世辞にも美味いとはいえない、朝食も美味しく食べられた。その日は、同期の新年会の日であった。久しぶりに会う仲間もいる。朝から楽しみにしていた。いつもの様に、部屋に戻ると買ったばかりのワイドTVの電源を入れ、きまった番組を見て、朝の占い、ニュースのダイジェストを見て7時過ぎに寮をでる。決まった電車の決まった車両に乗り、朝の満員電車の一サラリーマンにとけ込んだ。横浜を過ぎ、品川についた頃だろうか、そいつは突然現れた。臀部の違和感。何か痛みを感じる。何の痛みだろうか?不思議に痛い。歩くのも辛い。場所が場所なだけに、ここですぐ調べるわけにはいかないので、会社へ足を急いだ。席に着くと急いでトイレへ行った。「寿」、もとい、「痔」だ。字はにてるが大きな違いだ。いろんなことが頭をよぎった。もし、俺が痔だということが、会社の仲間に知られたらどーなるんだ?もし、手術が必要ならどーするんだ?とにかく、痛さを隠して席に着いた。椅子がこんなに座りにくいものとは思わなかった。まわりに気づかれないようにするのだが、不自然に椅子に座る位置を変えている自分がそこにいる。席には幸いというか、インターネットに接続された端末がある。これだ!俺は検索をするページをたたいた。そこにキーワード「痔」で、情報を収集した。しかし、恐ろしい数の検索数。検索を絞ることにした。「イボ痔」。いろいろな情報を得ることができた。「痔」には内部にできる「内痔核」と外部にできる「外痔核」がある。そして「内痔核」には段階が4段階あり、3段階を越えると手術を要するという内容であった。明らかに4段階の症状にあてはまった。「手術」。有休を取るにも理由が必要だろう。保険はおりるのか?いくらかかるんだ?また、さまざまなことが頭をよぎった。この痛みをとるには、とりあえずは薬を使おう。インターネットで薬を調べ、昼食まで耐えた。昼食を同期のメンバーと食べた。ん、同期。そうだ!今日は新年会じゃないか。また、いろいろなことが頭をよぎる。昼食を終え、売店へ急いだ。薬を買うためだ。カウンターを見ると若い綺麗な女性。そんなことを気にしている場合ではないほど、痛さを感じてきたので、薬コーナーの前に立ち、薬を探す。「風邪ですか?」その綺麗な女性が話しかけてきた。「いいえ」。俺は胃腸のコーナーで薬を探した。「胃腸ですか?」また、女性が話しかけてきた。腹をくくるしかない。「いいえ、痔なんですけど」、ついに言ってしまった。彼女は優しい声で「それでしたら」と薬を紹介してくれた。硬軟剤を買うと、サンプルの飲み薬もくれた。やさしい人でよかった。でも、これからもこの売店を利用することを考えると少し恥ずかしくなった。そして、席にもどり、トイレへ急ぎ、その薬を塗り、サンプルの薬を飲んだ。痛さは続いたが、耐えられないほどではないので、新年会へ参加した。柔らかいソファーがはり、ほぼ立食形式であったので助かった。楽しい時間を過ごすことができた。この時の俺は翌日あんなことになるとは予想を妥にしなかった。その日の晩は風呂にゆっくりつかり、薬を塗って痛みがひくことを願って寝た。翌日、痛みはいくぶんひいたが、まだ残っている。覚悟を決めて会社の健康管理センターへ行くことにした。仕事中健康管理センターに行くには上司の許可が必要だった。しかし、その際、理由を問われるのは明白だ。俺は黙って行くことにした。俺は営業をしているので、席をはずしても誰も不思議には思わない。このときほど営業で良かったと思ったことはない。いや、これから先もないだろう。健康管理センターに入り、最初の難問、受付に出会った。「どうなさいました。」、白衣に包まれた受付の女性は言った。「痔になったんですけど、外科でいいんですか?」馴れたものだ、恥ずかしさも無くなってきていた。第二の難関、問診がきた。「どうなさいました。」、白衣の看護婦は言った。さっき言っただろ!!繰りかえさせるなよ!と少々おもいつつも「い、イボ痔になったようです。」と、割り切った。「出血はありますか?」とその女性は続けて聞いた。だからイボだっつってんだろ、などとは思わず、正直に答えた。問診が終わり、ソファーでまたされること1時間。ここのソファーは昨日のものとは違い、固さを感じた。同じソファーに同じ部署の人が腰を下ろしていた。顔を背けてみつからないよう努めた。努力のかいがあり、話しかけられずにすんだ。「宮内さんど−ぞ」。宮内が2人いなくてホッとした。もし2人いたら、「痔の方の宮内さーん」などと呼ばれるかもしれない。現に僕の前の佐藤さんはトラブっていた。最後の難関である診断室に入り、先生に挨拶。「どうしました?」とおきまりの質問。さっき言ったのだが、ここでも繰り返す。先生は初老の老人であった。「それでは、下着をおろして、そこで横になって下さい。」と先生は言った。ついに来た、人生において一度は経験するかもしれないと思っていたが、この若さで経験するとはと、悲しい思いに打たれた。「触診」。看護婦さんの指示で下着をおろし、ベットに上がり足を抱えた。看護婦さんは経験をつんでいる感を与える30代半ばの女性であった。恥ずかしい姿をさらしている俺に、4つの視線を感じる。ゼリーを塗られ、いよいよ「触診」である。ひょっとしたら気持ちいいのでは、なんて考える余裕もなく、恥ずかしさと痛さに包まれた。先生のゴム手袋をした指が、俺の中に入った。さすがに痛い。「痛いのは初めだけ」そんな馬鹿げたことを考える余裕も無かった。触診が終わり、看護婦さんは俺についたゼリーをふいた。そして、俺の下半身に微妙な変化が訪れるといった余裕ももちろんなかった。「触診」の結果は「外痔核」であった。絶対に「内痔核」の末期症状と自己判断していた俺にとって朗報であった。薬をつければ直るということであった。肩の荷が降りた気分であった。難関は終わったと思っていたら、最後の難関があった。薬剤師である。ショートカットの似合う白衣のかわいい女性だった。会社でこんなかわいい女性を見るのは、土曜日の休出でみかけた守衛の女性いらいだ。その女性から「痔」の薬の説明を受ける。恥ずかしい、顔を赤らめていた俺に対して、彼女は日常のあたりまえのことのように説明を続けた。そして、自分の席に戻った。1時間も油を売っていたのに文句をいう人はいない。これが営業特権というものだろうか。そして、今も鏡を見て薬を塗る毎日が続いている。風邪は万病の基とはよくいったものだと、関心するのであった。('99/2/1)


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