あっという間の話

 はやいもので社会人5年目のエッセイは今回で終わりとなる。1年がたつのがあっという間に感じるのは毎日が充実していて、あっという間に時間が過ぎて行くのか、それともマンネリ化した生活をしているからだろうか。明らかに後者であろう。セミの一生は短い。しかし、セミはその一生を短いと感じているのだろうか。僕はそうとは思わない。例え短い一生でもそれが充実していれば短いとは感じないと思う。毎日がマンネリ化した人間は長く生きなければ充実を向かえることができない。そのため人間には長い命を与えられたのではないだろうか。その与えられた長い一生に甘えて人は何かを変えていこうとする力を失っているのではないだろうか。今の僕は充実にはかけ離れている。もちろん、普通に生活をしていく分には不自由の無い環境に恵まれているということは確かだ。今の世の中、仕事も無く、生活もままならないという状況の人もいるだろう。そういった意味で、僕は今の環境に驕れている。1月に異動になってはや2ヶ月が過ぎたわけだが、仕事はというと前の部署の3分の1の量になったと言っても過言ではない。毎日、定時に来ていたのだが、朝は二度寝をして定時を過ぎての出社。帰りは終電も当たり前だった生活が、ほぼ定時で帰れる状態。今まで外に出て客先へ行っていたが、今では一日中、端末の前にいることもある。本当に何も代わらない毎日。それでも給料は支払われる。もちろん、残業が減った分、給料は減るわけだが、生活に困るということは無い。そんな毎日を続けていても1年はあっという間に感じる。本当はダラダラと長く生活をしてきたわけだが、あっという間に感じたのは、毎日が同じで何の変化も無く過ぎて行ったからだろう。同じ「あっという間」であっても、充実して過ごした「あっという間」は違う。恐らくそれは「長いようで短かった」という感覚かもしれない。ダラダラち過ごした「あっという間」は「短いようで長い」なのかもしれない。そんなことを考えているところに、アメリカへ留学していた後輩が日本に戻って来た。彼のことは前にもふれているので、詳しくは話さないが、アメリカに留学する話を聞いたのは2年以上前の話になる。社会人3年目の終わりの頃だ。始めは正直、やっていけるのかと疑問に思った。会社だって悪いところでは無く、業績も悪くない。それでも彼には志があったのだろう。自己啓発に向けて頑張っていける自信があったのだろう。2001年の5月に旅立って11月には戻ると言っていたのが、年を越え、1年が過ぎ、1年半が過ぎていった。居住地も各地を転々とした。デンバー、シカゴ、ボストン、クリーブランド。環境に順応できるのも彼の凄いところなのかもしれない。学生ピザでいられる最大限の期間、彼はアメリカで生活を続けた。そこにはいろいろな経験があっただろう。2年前に会社を辞めずに続けていたら、とても体験のできなかったであろう様々な体験をしたことだろう。まさに毎日が充実していたことだろう。恐らく彼にこの二年間を長く感じたか、それとも短く感じたかと聞いたら、「あっという間だった」と答えるだろう。その感覚はまさに「長いようで短かった」というものでは無いだろうか。とにかく2月12日に後輩は日本に戻って来た。、シカゴに遊びに行った時に会って以来だが、あまり変わったイメージは無かった。外見は変わってないが、恐らくこの2年で内面は大きく進歩したのではないだろうか。何かを変えるのは他人ではない、自分なんだということを示してくれたような気がする。次にすることは変わった自分を試すことだろう。彼は現在、就職活動中だ。次は仕事で充実をするために頑張っている。僕は久しぶりに本を読んだ。久しぶりに読んだが新刊というわけではなく、古本屋で100円で売っていた「i-モード事件」という本だ。これは数年前にヒットした書籍で、i-modeを開発した部長(松永真理)の体験記だ。元リクルートの編集長が、NTTドコモにとらばーゆし、ゼロからiモードのサービスを考案、交渉、作成、ネーミングして、売り出した。異業種間の壁を越えるべく格闘する松永真理と新規事業チームが大ヒット商品を作るまでを記した本だ。i-modeがヒットした要因は様々あると言われるが、やはり素人の視点からモノを見たことが一番の要因ではないだろうか。IT社会などと言われる世の中だが明らかに素人の方がマーケットは広い。一握りのマニアやエリートのために作るのではなく、誰もが使えるものを目指した。それがiモードをここまで普及させた一番の要因ではないだろうか。本のくだりに『世界最大のプロバイダーであるAOLの社長が「自分の母親でも簡単に操作出来るサービスを作りたい」といってたらしい。』がある。この感覚を良しとしたことがi-modeのヒットに繋がったのではないだろうか。もうひとつ、まさに雑誌編集長ならではと思えたのが「i-モード」という名前に由来だ。i-モード以外の候補がいくつかあがっていたが、もし「i-モード」でなかったら、ここまでのヒットに至らなかったのかもしれない。「i」という誰もが目にする文字を見つけたこと。5文字という流行する文字数を知っていること。「モード」という「i」に繋がる最適な言葉を見つけたこと。その3つが重なり誰もが口にしたくなる言葉を生み出し、ヒットをとばした。話がi-modeにそれてしまったが、松永真理がNTTドコモに来てi-modeを開発していた2年間を彼女はどう感じたのだろうか。やはりそれは「長いようで短かった」という思いではないだろうか。人は誰でも自分を変えることができる。もちろん、それにはリスクを伴う。様々な苦労を体験するだろう。しかし、その苦労は自分の経験となり、よい方向に導くための苦労ではないだろうか。同じ「あっという間」であっても「長いようで短かった」という体験を何度も繰り返し充実した一生にしたい。そのためには、自分を変えるべく決断をする必要がある。その決断を強いられる日は近いかもしれない('03/3/15)。


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