ある絵描きの話

 以前のエッセイに書いたと思うが、彼と出合ったのは職場だった。彼は僕の会社の関係会社で、僕の仕事のSEをしていた。仕事の内容はあるストリーミング中継を監視すること。僕から見ても面白い仕事だとは思えなかった。そんなある日、彼は会社を辞めた。面白くないから会社を辞めたのだったら、只の人だが、彼は目標を持って辞めた。それが絵師(絵描き)だった。絵描きとして彼を初めて見たのがデザインフェスタという展示会場だった。これは以前のエッセイで書いたと思う。そこで似顔絵を書いてお客を喜ばせていた。2回目、3回目とデザインフェスタに参加することで彼は自分の実力を確実に増やしていた。その間にある似顔絵専門の会社に入り、六本木や海老名で似顔絵を書き続けた。次に絵描きとしての彼に会ったのは、ある展示会だった。彼とその友達の二人で開いた個展だった。彼の作品が狭い会場に並んでいた。いずれは広い会場に彼の作品が埋まる日がくるのだろう。そして、彼はある漫画家のアシスタントとして背景などを描いた。それまでデフォルメさせた似顔絵ばかり見ていたので、緻密に書き込まれた背景を見て驚かされた。その漫画は単行本にして2冊しか出なかったが、彼の技術が詰まった2冊だと思う。暫く彼とは音沙汰がなかった。漫画家の妹と結婚したとか耳が病気になったとかプライベートな話は聞いたが、絵師としての彼の話をあまり聞かなくなった。そんな中、テレビに出演するという話を聞いた。どんどん実力を磨いていた彼だったが、ついにテレビに出るまでになったかと驚かされた。某テレビ東京でやってる某TVチャンピオンだ。いわゆる似顔絵チャンピオンというものだ。結論から言えば彼は1回戦で敗退した。非常に残念に思ったのがその審査方法だった。1回戦は芸能人の前でその芸能人の似顔絵を描いてその芸能人に評価してもらうという内容。なんとも腑に落ちない審査方法だ。審査員はその芸能人だけなのだから、気に入られるような絵を書けばポイントなわけだ。そこには技術があるとか似ているなんてものはなくてよい。会社でいったら手もみしてヨイショしている部下のような人が2回戦に進出できる仕組みだった。せめて審査員を2人増やすべきだと思う。芸能人本人に重点をおきたいなら2ポイントもっていてもいい、ただし審査員を3人増やすべきだ。しかしながら、TVの中で活躍している彼を見るのは不思議な感じだった。普段、TVで見ている芸能人が彼と絡んでいる。ちょっと、彼を遠くに感じた瞬間だった。假屋崎省吾、林マヤ、山田邦子、名倉潤、内藤剛志、おすぎの6人の似顔絵で勝負が決まる。假屋崎省吾は出っ歯と鬚を強調して裸にした上にバラを体に巻いて...この内容聞いただけでポイントになるわけないだろうという感じがすると思うが、彼は彼の感じたままに描いたのだろうと思う。そこには気に入られたいとか、被写体の機嫌をとるといった汚れた気持ちはない。もっとも絵はかなり汚れなイメージだったが。商売人としては失格だと思うが、アーティストとしての彼の行動派素晴らしいと思う。次の林マヤは買い食いして、チャックがだらしなくあいて、男子便所からでてくるというシチュエーションの絵だった。明らかに気に入られる要素がない。次に山田邦子だが、ちょっとこのルールに気づいたのか、あまり皮肉っていない絵で可愛い路線にいっていた。アゴを強調するのはあたりまえだが、その家族を書いてDNAの呪縛からは逃れられないという絵を表現したらしい。 次はネプチューン名倉潤だ。ここは絵というより名倉潤と彼の絡みにインパクトがあった。ちょっとしたコントをしている感じだった絵はレントゲン撮影で頭蓋骨が映っているというもの。その頭蓋骨もエラがはってるという内容。これまた、かわいい系ではあるのが残念だが、皮肉は効いている。次に内藤剛志の絵だが、笑った顔がセクハラ入っていて、ジャージが似合いそうだから、女子高の変態教師にしたそうだが、それって絶対ポイント取れないだろう。ここらへんで気に入られるより自分のイメージした通りの絵を描くべきと方向を決意したのでしょうか。そして、2回戦進出がかかっている最後のおすぎの絵ですが、腐った弁当に詰められているおすぎの顔。当たり前といえば当たりまえだが、『絵もそうだけど、アンタのその根性が気に入らないわよ!』と言われリタイア。同じくポイントの少ない女性絵描きとの勝負だったのですが、もちろんこちらは可愛く描いてポイントゲット。そして、この人、優勝しちゃうのです。ということは彼も可愛く描いていたら優勝の可能性はあったわけだ。1回戦敗退だったが、彼は確実に自分のレールを作って自分の道に進んでいるという感じを受けた。彼は僕と同い年だ。僕にはまだ自分のレールがない。仕事を頑張れば会社が評価してくれると思い続けていたのに、ここに来て部署が変わって評価する人がクリアされ、結局、資格がないと評価されないという結論になって、躍起になって資格取得の勉強をする毎日。くだらないと思いつつも、どこかで仕方ないと思いサラリーマンの引かれたレールを途切れたレールにしないようにする毎日。自分に嘘をついて生きている毎日。やりたいことも、やるべきことも見つからず、上司の評価を良くするための方法を考えて、結局、長いものに巻かれる人生。30歳の1年があと2ヶ月で終わる。この2ヶ月で何かを変えなければ、普通に30代が過ぎていくだろう。話は変わるが、先月の終わりにEQ研修という30歳研修を受けた。EQというのはIQのようなもので、自分の能力について数値的にしることができるものだった。そのグラフを見ると自分の今の気持ちのぐらつきがよく判った。何かを変えなきゃいけないというストレスを感じているが、何ともならないだろうと思っているいい加減な精神力のある自分がいる。人の目を気にして生きている自分がいる。自分に自信のない自分がいる。EQのレベル的にはホントに低い人間だった。EQは高いからいい、低いからまずいってものではないとは判っているが、自分の思ったとおりのEQ値だったので、なんともコメントに困った。ここで大きいのはEQ値は自分で修正できるということだ。自分が変えなきゃ、変わらない。あたりまえのことだが、それをやる決心はなかなかつかない。この2ヶ月で彼のような決断ができるだろうか。自分のレールをもてるだろうか('04/7/15)。


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