マロンお別れの話

 2月24日(月)12時13分に愛犬のマロンが享年8歳11ヶ月という若さで亡くなりました。人間で言ったら約50歳ですが、それでも若いです。昨年、7月15日にマロンのお腹がパンパンになっており、嫁さんが動物病院へ行って、マロンのお腹に水が溜まっていることが分かり、レントゲン、エコー、採血と利尿剤を打ちました。この時は思いませんえしたが、腹水が溜まってから余命7ヶ月という短い命だったということになります。ネットの情報では平均9ヶ月なんて話もありますので、長くはないのではないかとは思っていましたが、いざ別れの時がやってくると辛いです。その2日後に腹水を500ml以上抜いて、血液検査は異常所見なしで、原因が特定できませんでした。食欲が回復して、元気になり、検査結果も腹水からは悪性を示すものはなかったということで、腹水は溜まらなくなったので安心しておりました。マロンをペットホテルに預けて、夏休みに家族で上高地へ行くこともできました。その後も散歩に行けるし、食欲もあって、元気だったのですが、5ヶ月後の12月15日に腹水が再発しました。腹水を抜いて、再び元気になり、年末にはペットホテルに預けることができ、実家帰省ができました。その後、1月17日にマロンが歩けなくなる症状になり、嫁さんが慌てて動物病院へ行きましたが、犬の脳症状は人間と違ってけろっと治ると言われたそうです。翌日は心配で心配で、お昼休みに家に戻って様子を見に帰りました。普通に水も飲めて、本当に足が治りました。その後、散歩もできていたのですが、肩で呼吸をしだして、ちょっと様子がおかしくなりました。検査の結果、胸に水が溜まり、水を抜きました。また少し回復したのですが、後ろ右足が動かなくなりました。脱臼してたようで、後ろ足が踏ん張れず、排便がじずらくなっておりました。滑らないように床にカーペットを敷きました。後ろ足が動かないと排便が難しくなり、マロンの元気は無くなってっきました。それでも食欲はあってご飯も食べて、小便も出ます。薬を飲み続ければ、まだまだ死ぬようなことはないと思っていました。そして、2月24日です。もともと通院を予定していた日です。嫁さんと娘が動物病院へ連れて行きました。また胸に水が溜まっているとのことで、水を抜いたのですが、処置が終わった後に排泄をしようとしていきんで、意識がなくなってしまったそうです。つまり、動物病院で処置をした直後の死です。医療ミスが脳裏に残る、なんともわだかまりのとれない最後でした。排泄してから胸の水を抜いていれば、もっと長生きできていたのではとか、そもそも病院行かなければ長生きできたんじゃないかと思ってしまいます。そうとうな量の水を抜いたようで、その後、血圧が下がるのは医者なら予想できたのではないのかとも思ってしまいます。余命が短いのは感じておりましたが、医療現場での突然の死は胸のモヤモヤが抜けません。私と息子は病因へ行っている間に近所の公園の釣り堀へ釣りへ行っており、マロンの死に目に会うことはできませんでした。「マロンが死にそう」という電話が泣き声の嫁さんからかかってきて、慌てて自転車で病院へ向かいましたが、向かっている途中で「死んだ」という電話がかかってきました。後部座席の息子に伝えると息子は泣きました。病院に着いてからも泣いてました。病院では、娘も泣いてます。医者からは葬儀の説明を受けますが、なんとも納得できない最後でした。家に着いてから息子と娘はすぐに日常に戻ってました。立ち直りが早いというか、まだマロンに会えなくなるという状況が理解できてないのかもしれません。二人とも生まれてからずっと一緒にいる愛犬です。明日から散歩に行くこともないし、大便を見て「くさいー、取って」とかいう日々も無くなります。お風呂のマットに小便をして、「こらー、マロン!」と叱る日常もなくなりました。宅急便のチャイムが鳴って「ワンワン、ワンワン」吠える愛犬もいなくなりました。家に帰ってきたら、急いで迎えにきてくれたマロンはもういません。腹水が溜まっていた頃、床にべったりと死んだように寝ていたマロンは、この日、寝たように死んでいるマロンになってしまいました。子供たちはまだ寝ているのだと思っているのかもしれません。マロンのいるリビングでドタバタと騒いでいます。マロンはピクリとも動きませんが、毛並みもよくてまだ生きているように見えます。病院へ行かなければ、3月13日に9歳の誕生日を迎えることができたのかもしれません。マロンは業者に頼んで、2月26日に引き取ってもらい、火葬をしてもらうことにしました。火葬の日が来るまで、マロンと一緒に寝ます。全員で寝ることができないので、初日は嫁さんと娘がマロンと一緒にリビングで寝ます。息子と2人で寝室で寝ます。なんとも胸のモヤモヤが取れずに寝られませんでした。スマートフォンで動物病院の口コミを確認します。当たり前のことですが、良い書き込みもあれば、悪い書き込みもあります。もともとこの病院に決めたのは、設備の整ったしっかりした病院でマロンを診てもらうためです。最初は近くの動物病院で診てもらっており、最初の腹水もここの病院で検査したのですが、いざ手術となったら、この病院では厳しそうだし、原因も見つからないので、病院を変えました。しかし、この病院で精密検査をしましたが、原因は分からず薬をもらい、水を抜くだけでした。何のためにこの病院に変えたのか、とてもモヤモヤが残ります。「セレブのための高いだけの病院」とも書き込まれてます。少しでも自分の胸のモヤモヤを取るために、その日の夜、日付が変わってからホームページの問い合わせに書き込みをしました。『昨日、2月24日に胸水を抜いた後に死亡したチワワの飼い主です。妻の話から、胸のモヤモヤが取れません。申し訳ないですが、医療のミスを疑っています。処置前は元気だと医師も言っていたこと、便がでていなかったことを伝えていたこと、抜いた水の量が多かったことが気がかりです。処置前に排泄を施すことはできなかったのでしょうか?処置後の排泄でいきんで死亡に至ったと説明を受けたと聞きましたが、そういう事例はなかったのでしょうか?余命が短いことは認識しておりましたが、昨日、死に至らなければならなかったのか、気持ちが晴れません。死んだものは生き返りません。しかし、このまま納得することは、同じ事象を繰り返すのではないかと疑問に思い問い合わせをさせていただきました。愛犬の死を無駄にしないためにも、昨日の事象を担当医師に留めず、同じことを繰り返さないで欲しいと切に願っています。』と書き込みました。午前中に病院から電話はかかってきましたが、タイミングが悪く取れませんした。その日の夜は息子一緒にリビングで寝ました。息子は再び泣いてました。朝起きて、業者が引き取る日になりましたが、息子がマロンをもっと触りたいと、引き取らせることを拒みました。嫁さんが業者に電話して、3月1日の日曜日に会館へ行って火葬に立ち会うことになりました。別れるのがどんどん辛くなってくる気もしましが、息子が生まれてからずっと一緒にいた愛犬ですので、息子の意向に従いました。その後も動物病院から何度も電話はかかってきました。誠意は感じます。お問い合わせについてお電話にてご説明していただきたく存じているとのメールも返ってきました。仕事が忙しく夜勤となり、タイミングが合わずに電話が取れませんでした。2月26日は夜勤で、嫁さんと息子と娘の3人でリビングで寝ます。夜勤明けの2月27日も電話が取れず、メールの回答が来ました。メールには何度も連絡したことのお詫びと、胸水の貯留による慢性的な低酸素状態および排便後の低血圧が重なりこのような事態に陥ったと思われること、内科治療では改善が見込めない状態であったため、胸水を抜去し、呼吸状態の改善を図ることが経過から考え、最良の処置と判断したこと、は全症例、院長はじめ全獣医師で医療情報を共有していることが記載されていました。この回答でも胸のモヤモヤはとれず、返信をしました。『何度も電話をいただいており、申し訳ございません。日中仕事が忙しく電話が取れませんでした。私の質問は、過去に事例がないのかです。胸水の抜去後の排便で死亡に至った事例は、院として初めてのことだった、どの医者が担当しても考えられない事象だったという認識で良いでしょうか?そうであれば、今後の事例として活かしていただければ良いです。いただいた説明ですと、胸水の抜去と低血圧で死亡に至ったことの因果関係は無いと読み取れますが、正しいですか?前回ケース1本だったが、今回2本分抜いたと妻からは聞きました。慢性的な低酸素状態のマロンに耐えられる量だったのでしょうか?また外科的治療という意味では、結局、復水や胸水の原因は不明でしたが、子宮にも水が溜まっていると聞きました。ネット上にある事例(http://nichiju.lin.gr.jp/mag/06603/c2.pdf)のように早期の外科的手術での回復は見込めなかったのでしょうか?追加質問となり恐縮ですが、メール回答いただけると幸いです。』という返信をしました。夜勤明けですが、業者の人が昼間に棺とドライアイスを届けに来ました。マロンを棺に入れました。この日の夜も急きょ夜勤となり、息子とお風呂に入った時も少し泣いてました。息子は一人でリビングで寝たようです。翌日、ドライアイスは完全に溶けて、業者が昼間に届けに来るとのことです。家に帰るとマロンは棺から出てアイスノンに囲まれてました。業者からドライアイスを引き取り、再びマロンを棺に入れました。その日の夜は嫁さんと娘がリビングで寝ました。朝起きるとリビングには娘のおもちゃが散らかっています。小さいおもちゃを散らかすとマロンが噛んでしまって壊したり、飲み込んでしまうので、今まで散らかすなとさんざん叱ってきました。そのマロンがいません。その日は叱るのをやめました。散らかすことを叱ることはできますが、叱る理由の1つのマロンがいないのでやめました。お別れの前日は、みんなでマロンへ手紙を書きました。娘は字が書けないのマロンを囲んだ家族の絵を描きました。息子は自分とマロンの絵を描き、「マロンちゃんへ、マロンこのいえにきてくれてありがとう。マロンがいたからいろんなおもいでができたよ。マロンがいたから、ひとりだけとおもったらマロンあわせてふたりで、子どものころもたのしかったよ。」と書きました。私は「マロンへ、九年前にマロンが我が家に来てくれて、家族が増えることの喜びを教えてくれました。我が家は4人と1匹になりました。みんなにいつも笑顔を与えてくれたマロンに感謝しています。八年九ヶ月という長いようで短い時間でしたが、子供たちは生まれてからずっとマロンがいたので、マロンがいない毎日がまだ信じられていません。天国から弟と妹の成長を見守ってください。我が家を選んでくれて、ありがとう。」と書きました。その日の夜は息子と二人でリビングで寝ました。息子は寝る前に寂しくなってまた泣いています。そして、火葬の日がやってきました。前日、パートで手紙を書けなかった嫁さんは泣きながら長文を書いていました。棺に花と手紙を添えて、迎えの時がやってきました。会館に着いて、娘は車酔いをして吐いてしまいました。棺の蓋にも子供たちはメッセージを書きました。出棺の前に息子は寂しい顔をしておりました。娘は声は出さずに大粒の涙で泣きました。息子と喧嘩するときは大きな声でアピール泣きをする娘ですが、本当に悲しくて泣いているのでしょう。火葬が終わるまで1時間あります。お昼を近くの和食さとで食べました。みんなの涙も止みました。この後の納骨で息子が泣くのではないかと予想してましたが、整骨を依頼して綺麗に並んでいたせいもあり、悲しい別れという感じではなく、少し楽しいような別れとなりました。いつも笑顔を与えてくれたマロンが笑顔を望んだのかもしれません。納骨が終わり、マロンの葬儀が終わりました。遺骨は家に置いてくことにしました。骨壺の入れ物については、桜色の巾着を選びました。大阪に転勤する前に住んでいた家の前には川があり、桜がきれいに咲いてました。マロンとよく桜を見に出かけてました。3月11日生まれのマロンも桜の季節が好きだったと思います。お会計の時に携帯メールを見ると動物病院から回答が来ておりました。過去の事例は数多く経験していること、そのため酸素供給をしながら処置を実施していたが、確実に防ぐ方法がなく、このような結果になってしまったこと、胸水の抜去と低血圧は無関係と考えること。呼吸状態の改善ができる量の胸水を抜いたこと、提示した症状とは違い、中脾腫あるいは腹腔内脂肪織炎という病気を疑っており、子宮を摘出しても防ぐことはできないことが丁寧に書いてありました。家に戻ってきましたが、扉の開ける音に敏感だったマロンがいつものようにかけつけてくることはありません。四十九日までは遺品はそのままにしようと思います。マロンと出会ったのは2011年の5月21日のことです。嫁さんの誕生日です。子宝に恵まれない夫婦に楽しい日々を送らせてくれたマロンですが、その1年後には子宝に恵まれ、息子が生まれ、マロンは2番目になってしまいました。そして、娘も生まれ、二の次になってしまいました。留守番をさせることも多くなってしまいました。その点は本当に申し訳ないと思いつつ、後悔先に立たずです。腹水が溜まった時には、マロンと家族で泊まりに行きたいって思っていたのですが、マロンに無理をさせられないということで実現はできませんでした。こんなに早く死んでしまうなら、少しでも元気なうちに実現できればよかったのにと後悔しております。息子が生まれる前は、マロンを山へ何度も連れて行ったりと無茶させてましたが、最近はまったく連れて行ってませんでした。大阪に引っ越してからは、山じたい行かなくなってしまいました。マロンと泊まりの旅行へも昔は行ってました。河津桜は息子が生まれる前に1回と生まれてから2回、泊まりで見に行きました。箱根園で泊まったのを最後に泊まりの旅行は行ってません。娘が生まれてからは1回も泊まり旅行ができませんでした。毎回、ペットホテルに預けての旅行でした。マロンは我が家の一員になって幸せだったのかって疑問に思うこともありました。矯正手術はしませんでしたが、毎年生理で辛い思いさせていたし、結局、妊娠するようなこともありませんでした。血統書付きの犬だったのですが、血統を続けさせることはできませんでした。家に引きこもらせることが多くて、子供を産むこともできずに一生を終えたマロン。病気とは言え、心のモヤモヤの残る悲しい最後となってしまいました。その病気も結局、原因不明で終わりました。前述のように病院や医師を非難する前に自分たちを非難しろよと感じる人はいると思います。その通りだと思います。結局、足を悪くさせてしまったのも自分たちです。大阪へ引っ越す前から、足が脱臼する可能性があることは別の動物病院で言われてました。引きこもらせて、散歩をあまりさせずに平均体重より増やしてしまったことも事実です。ペットフードだけではなくて、人間の食べるものをいっぱい与えてましたので、それが原因で腹水や胸水が溜まる原因を作ったのかもしれません。一番、私が後悔していることはマロンに寂しい思いを何度もさせたことです。ペットホテルに預けずに宿泊したことが何度かあります。それがストレスとなって溜まっていき、病気になったのかもしれません。リビングで寝た嫁さんからは、こんな寒い部屋で寝かせてたこととか、フローリングを滑りにくくすることをもっと早くできなかったとか後悔をしてました。覆水盆に返らず。腹水は戻ることもなく、後悔という二文字が私と嫁さんには生まれました。葬儀にいくらお金かけたところで、マロンは戻りません。自分たちの自己満足でしかないのもわかってます。生きてるうちにもっとお金をかけてでも、寂しい思いをさせないようにできたのではないかという後悔に包まれています。動物病院の医師を非難したところでマロンは返ってきませんし、自分たちの後悔は消えません。考え方を切り替えることにしました。この動物病院を選んだからマロンは2月24日まで生きることができたのだと。腹水が再発したら長くないということは、前の病院で言われていたことです。むしろ、2月24日までマロンとの時間をくれた動物病院に感謝するべきではないかと。これまでマロンと触れ合ってくれた人たちに感謝することがマロンを見送るうえで大事なことだと思いました。マロンと出会わせてくれたペットショップ、マロンを預かってくれたペットホテル、マロンの病気を診てくれた動物病院、そしてマロンと遊んでくれた多くの人たちへの感謝です。動物病院へは『丁寧な回答ありがとうございます。私は当日朝のマロンの状態から、前回の抜水の時よりは健康であり、先生からも処置前は元気だと言われたことから、排泄を先にしていれば救えたと考えていましたが、処置をしなければ排便をさせるのは危険だったと理解しました。本日、マロンの火葬をしました。毎日のように泣いていた子供たちもマロンと別れることができました。残念な結果となりましたが、マロンの病気回復に尽力いただきありがとうございました。批判めいたメールをしてしまい、すみませんでした。』と返信をしました。8年と11ヶ月という短い時間でしたが、我が家にいろいろと笑顔を届けてくれたマロンに感謝しています。ありがとう。息子と娘の心にはいつまでもマロンは生き続けてくれると思います。


以上('20/3/1)。


エッセイのホームページに
戻る 戻る

satoru@sumadore.com