チ。の話

 息子に進められて「チ。」のテレビアニメをイッキに観ました。Amazon Primeで見てたのですが、途中で終わってしまい、11話以降が見られなかったのですが、息子に聞いて、Abemaで見られるってことが分かりました。長いCMを観ながら全話観ました。もっとも印象に残ったのは「誰もが簡単に文字を使えたら、ゴミのような情報で溢れかえってしまう。」というバデーニのセリフです。ハっと思いました。今書いている、このゴミのようなエッセイ。何が真実で何が嘘なのか、分からない。山のようなフェイクニュースのこの世の中。昔、会社の先輩が「森三中とモリマンは同一人物だ。」って熱く語っていたのを思い出しました。熱く語られたら、なんとなく真実だと思ってしまいますし、ネットに乗ってたら、それ信じて、伝達されたら、嘘も真実のように伝わります。「言葉を残すというのは重い行為だ。一定の資質と、最低限の教養が要求される」とバテーニは言うのです。彼らの時代は、重いことであったので、文献があれば、それは真実として伝わっていくということだと思います。しかし、今の時代は誰もが自由に文字を書けて、誰も観られるSNS真っただ中の時代です。何を真実と言って、歴史を伝達していくのか難しくなってきているように思いました。もっとも、これは昔でも同じなのかもしれません。文字を書ける人が面白可笑しく書いたフィクションの文献。それが真実として歴史に刻まれている可能性は否定できないと思います。坂本竜馬の話も諸説ありで、彼が偉大だったってことは無いってのが歴史上の真実かもしれませんが、世間一般には凄い人になってます。誰もが信じることが真実ってことです。「それでも地球は動く」は、イタリアの天文学者のガリレオ・ガリレイが、1633年に開かれた2回目の異端審問の際につぶやいた言葉として、有名ですが、本当につぶやいたのか、この時代の文献にはなく、18世紀後半に文献に現れるらしいのですが、これを真実というのか、虚偽というのかはさておき、広く一般に知られて、真実のように伝わっているということは事実です。歴史の難しいところです。何を真実というのか、信じ込まされたことが真実であり、多くの人が真実だと思っていることが、事実になる世の中。そうなると人口の多い中国には勝てません。中国人が正しいと思っていることが、真実になってしまいます。何をもって嘘だというのか、歴史の証拠が証明するといっても、証拠がしめす証拠は何なのか。難しい世界です。そして、このように自由に書けてしまうゴミのようなエッセイ。これを真実として証拠にする人はいないと思いますが、数億年後に発見した人が、それをゴミだとどう判断するのでしょう。「2025年、日本の伝統から始まったチョンマゲを再び世界の人類はつけはじめた」って、文献があったら、それを信じた数億年後の人類がいるかもしれません。そして、インディアンスは「ちょんまげラーメン」に改名された。どうでもいいですよ。ということで、何を書きたいのか分からなくなってきましたが、Amazon Prime、Abema、TVerと便利な世の中になりました。息子に進められて進撃の巨人のアニメもイッキ見しましたが、こちらは結局、何が言いたかったんだろーって感じになりました。実写版の映画もついでに観て、もっとわからなくなりました。まー、エンターテイメントですね。「チ。」は海外でも大絶賛で評価が高いそうです。難しい題材ですが、いろいろと考えさせられる作品で、賛否両論は生みますが、見た人はいろいろと考えさせられる作品になってますので、見てないかたは是非見て欲しいです。漫画を読もうか悩んでますが、最近のアニメって忠実に再現されているというか、漫画のコマとコマを補完しているようなアニメーションになっており、漫画よんでもほぼ同じなんですよね。ハイキューとかも読みましたが、アニメの方が楽ってついつい思っちゃいます。チェンソーマンを書いた作者のルックバックという作品もPrimeVideoで見ましたが、漫画そのままでしたね。もしかして、AIに漫画を読み込ませたら、アニメができちゃうって世の中になってるですかね。再現率が高いアニメが増えてきてるって思います。日本の漫画やアニメって凄いなーって50を過ぎて再び思いましたとさ。

以上('25/7/1)。


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